閑話休題

リンダ・ロンシュタットがパーキンソン病で闘病中

70年代に人気を博したリンダ・ロンシュタットもすでに76歳だそうです。それだけではなく、パーキンソン病で闘病中ということです。少し前のビデオでは、カントリー歌手のドリー・パートンやエミルー・ハリスなどど一緒に素晴らしいハーモニーで歌っている姿も見られました。小柄でありながら、その歌にはものすごい迫力があり、オペラの歌でも歌いこなせる能力を持った歌手でしたが、病気には勝てません。痩身だった若いころと違って、50歳を過ぎたころから肥満気味だったのも健康を害する原因の一つだったのかもしれません。かつては元気で才能や力があった者の衰退は、聖書の中にも描写されています。その一つは、ダビデ王です。小さな石投げ器一つで、巨人戦士ゴリアテを斃した羊飼いの少年ダビデの話は、教会学校の話にも登場する有名なレジェンドです。そのダビデは後に王国をたて、イスラエル興隆の端緒を築きました。また、信仰的にも深いものを持っていて、彼の言葉である詩編23編にそれが如実に表れています。そのダビデが、老いて衰えたときはどうだったでしょうか。「ダビデ王は多くの日を重ねて老人になり、衣を何枚着せられても暖まらなかった。そこで家臣たちは、王に言った。『わが主君、王のために若い処女を探して、御そばにはべらせ、お世話をさせましょう。ふところに抱いてお休みになれば、暖かくなります。』彼らは美しい娘を求めてイスラエル領内をくまなく探し、シュネム生まれのアビシャグという娘を見つけ。王のもとに連れて来た。この上なく美しいこの娘は王の世話をし、王に仕えたが、王は彼女を知ることがなかった。」(列王記上1章1節以下)今まであった力や健康、そして命そのものがなくなることは残念なことですが、そこで聖書は「諸行無常」という諦念には至らず、神の絶対愛の永遠性に目を向けさせます。その理由は、人間が神から離反するという原罪が起こる前に、人間は命そのものである神と共に歩んでいたからです。老いることや、病にたおれることが問題なのではなく、原罪の解決が最優先の問題です。そして、その解決はイエス・キリストの十字架の贖罪(原罪の消去)にあります。

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