善と悪についての聖書の教えを知る説教
「サタンと天使」 マルコ１：１２－１３
サタンと天使は類似点があると考えてもいいでしょう。ヨブ記１章を見ますと、神の周りに神の使い（天使）が集まった時に、サタンも来ています。そして、サタンは神と直接に話をしています。だから、天使と同じように神の近くに来ることができる資格があったという事です。ここから、推測できることは、善と悪とは非常に似ている面もあるという事です。歴史を見るとキリスト教ではそれが異端と言うかたちであらわれています。聖書にはすべての人が罪に陥っていると書かれていますが、異端はそれに反して、常に良い人と悪い人を区別し、自分たちだけが正しい者だとしてきました。
ここで、思い出すのは天国と地獄の譬えです。その話によると、ある人が、死んだ後に地獄に下ると、そこは拷問の場ではなく、意外にも宴会場でした。しかし、素晴らしい料理が目前にあるにも関わらず、人々は骨と皮になって叫んでいました。なぜならば、体が硬直して目の前の食事を口に持っていくことができないからです。後日、その人が罪を赦されて天国に行くと、そこでも、風景は地獄と同じ宴会場でした。しかし、人々は幸せで、会場は笑い声で満ちていました。何が違っていたのでしょうか。実は、天国の人たちも体は硬直していても、人々はお互いに助け合って、曲がらない腕でも隣の人に食べ物を差し出していたのです。自分で食べようとして食べられないのが地獄でした。自分ではできないが他者を助けたり、助けられたりしていたのが天国でした。つまり、天使の世界もサタンの世界も似ているということです。ただ、この例話から考えると、他者を喜ばそうとするのが天使の世界であり、自分の満足だけを求め続けるのがサタンの世界です。
さて、今週の水曜日（肺の水曜日）から、受難節に入り、イエス様の十字架の贖いを覚えるときとなります。受難節をあらわす教会堂の説教台の布も、救い主の尊い愛の犠牲を示す紫の色となります。
イエス様の苦しみは、実は、十字架の試練の前に、既に示されていました。今回の聖書個所の荒野とサタンの試練の部分がそれを示しています。荒野というのは、実は、死に場所ということです。荒野という死の原野では、人もサタンに変化しやすいのです。なぜなら、自分を第一に考えていかないと死んでしまうからです。ですが、イエス様が天使と同じなのは、自分の命を捧げて、罪人に命を与えて下さったことに示されています。わたしたちが、とんでもない困難に出会うなら、絶望の叫びをあげたり、自分を責めたり、他人を責めることでしょう。実は、それがサタンの世界なのです。苦しみ、恨む人々の顔は、サタンに似ていると思います。人を責める時の顔もサタンです。ところが、イエス様は自分が辛く苦しい荒野に投げ込まれたのに、不平を言わなかったのです。神だけを信じていたわけです。これも神の御心だと確信していたのです。それが聖霊の働きです。そして聖霊のしるしは、自分の苦しさを見ることでなく神を見ることなのです。神を見上げることは天国であり、自分の不便さを苦しむことは、地獄です。
ですから、天国と地獄はそれほど遠いところにあるわけではありません。例えば、病気で入院して、看護婦さんに尿や便の始末をしてもらうとき、自分のみじめさを考えていたら地獄です。逆に、こんな汚い仕事を懸命にやってくれる他者（神の使者）を見たら天国です。
障害を持ちながら良い作品を残してくれた星野富弘さんの詩にこうありました。「花が上を向いて咲いている。わたしは上を向いて寝ている。当たり前のことだけど、神様の深い愛を感じる。」横を向いたり、下を向いて生きていた時には感じられなかったことです。やはり、聖霊のしるしや天使の世界は自分を見ることでなく神を見あげることです。礼拝も同じです。ギリシア語で人間はアンソロポス、天を見上げる者という意味だそうです。星野富弘さんも厳しい障害の中で自分ばかりを見ていたときには死にたかったのですが、天を見上げ神様と語り合うようになって救われました。天を見上げるのは天使です。地を見下ろして嘆くのはサタンの働きです。同じ境遇に置かれても、これほど大きな違いがうまれてくるのです。
イエス様は、サタンの試練の中で、自分が置かれた苦しさではなく、神を見たのです。そして、そこで４０日間も断食した。それは人間の生命力の限界だと言われています。そして死を覚悟の断食の中でサタンに遭遇しています。一説によれば、人間は自分の心の中の闇の部分に出会わなければ、悟ることはできないとも言われます。仏教の修行も苦しみを与えます。ただし、罪のないイエス様の場合には、内側のサタンではなくサタンが外側から現れたのです。わたしたちの場合は内側です。
イエス様の４０日の断食の際に、野獣がイエス様とともにいたと聖書に書いてあります。どうしてでしょうか。天使はわかりますが、どうして人を襲い苦しめる野獣が子羊のようなイエス様と共存していたのか。イエス様の生涯における一貫した姿勢は、悪を非難し、嫌悪し、ときには懲らしめるという解決策を求めないことでした。愛の救い主、イエス様の最終的な目的は、野獣を滅ぼすのではなく、野獣を柔和な存在に変え、とともに平和に過ごすことでした。これはまるで、美女と野獣の映画のようです。救い主は目に見える、醜い野獣の姿を裁かず、弱い人を弁護したのです。そして「狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。」（イザヤ書１１：６）と預言されたことが成就したことを、聖書は示しています。
そして、そのイエス様の愛によって、元来は原罪にまみれた野獣でしかない我々は既に救いの福音の中に入れていただいています。聖書には、イエス・キリストのことについて、「正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。」（第一ペトロ３：１８）と書いてあります。人類の救いのために、その命を犠牲にしたということがわかります。イエス様は、罪がなかったという事は、自分のためではなく、神と隣人のために命を捧げたからです。十字架の周りでイエス様を憎しみ、怒声を浴びせた人々は、実は野獣に過ぎなかった。しかし、そうした野獣のような人々が神の愛によって変えられ、罪の贖いを受けました。その野獣のような人々の中の一人が、後の使徒パウロでもありました。「彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちは癒された。」（イザヤ５３：５）という預言通り、パウロたちも癒されたのです。「山を動かすほどの完全な信仰を持っていても愛がなければ無に等しい。」（第一コリント１３：２）と書かれているとおりです。
つまり、救い主は、サタンのような人々も天使に変え、自分の利益ばかり考えていた人を、神の御心を第一にする人々に変えることができるのです。奇跡としかいえません。サタンと天使は比較対象や敵対する対極ではなく、移行するという意味です。その移行こそが究極の悔い改めであり、方向転換なのです。そこに罪人、愛されるはずのない野獣への限りない神の愛があります。現代のわたしたちも、内側外側に支配権を振るうサタンの影響に戸惑い、生育の苦しみを味わい、越えられない苦難に悩む者です。けれども、わたしたちでさえも、４０日の死の極限の苦難が襲うときには、既に神の輝かしい解放の時が近いことを知らなければいけません。死の時は、神を見上げる命の救いの時です。神は、死の場所、悲惨な十字架の場所を、復活の命の場所に変えて下さったのです。だから、わたしたちは荒野を恐れません。ルターはなぜキリスト者が苦難や迫害や、貧困や病気を避けることができないかということについて書いています。「ここで静かにして、あなたに恵みの働きがなされるままにしておくならば、キリストはあなたのものとなり、あなたに賜物として与えられることになる。」苦しみの時は、輝かしい救いの喜びへの序曲だということを、受難節を通して学びたいものです。