閑話休題

聖書はアンチエイジングの世界

アンチエイジングは高齢化する現代社会の大きな課題になっています。平均寿命は伸びていても、健康で活動的なお年寄りが多いとは言えません。介護保険は徴収されていますが、医療や福祉においてそれ以上の国庫負担になってきていることは確かです。そうした中で、「回想法」がアンチエイジングに役立つという記事を見ました。お年寄りが、昔の楽しい思い出を回想するだけで、幸せホルモンが分泌され、脳を活性化し、認知症を予防することが証明されているそうです。しかし、この「回想法」を考案したロバート・バトラーという精神科医は、いまから60年以上前にこの点について研究し、著作として発表して、ピュリツアー賞を受賞しています。アメリカの方がアンチエイジングでは進んでいたと考えられます。しかし、さらに、聖書の世界ではどうでしょうか。「アブラムは、ハランを出発したとき75歳であった。」(創世記12章4節)と書かれています。当時の人々の状況では、既に生涯が終わっている年齢になってから、アブラム(アブラハムになる前の名前)は神のお告げに従って、まだ見ぬ約束の地に向かって旅を始めたのです。イスラエルの民を導いてエジプトから脱出したモーセも似ています。40年に及ぶ彷徨ののちに約束の地の境界まで到達し、そこで「モーセは死んだとき120歳であったが、目はかすまず、活力もうせてはいなかった」(申命記34章7節)と書かれています。モーセもアンチエイジングだったわけです。遠い聖書の世界はともかくとして、日本でも、親鸞聖人は89歳で亡くなっています。当時の人々の平均寿命が50歳以下であったことを考えると、これもとんでもないアンチエイジングだったわけです。カルトなどの擬似宗教や宗教的洗脳などは別にして、生命の原理を追求する宗教には人間を活性化する「回想法」のような作用があるのではないでしょうか。

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