閑話休題

ビートルズの隠れた名曲エレノア・リグビー

ビートルズの曲を聴きながら仕事をしていて、この曲が心に響きました。音色も他の曲と違うのです。曲の演奏は、弦楽四重奏のグループが二組で構成していて、ビートルズ自体は演奏せず歌だけ担当しています。これは、それまでのラブソングや賑やかな曲と違って、暗い人生を歌った曲です。エレノア・リグビーという架空の孤独な老婆が、誰にも相手にされず、孤独に死んで葬られ、救われたかどうかもわからないという悲しみを含んだ歌詞になっています。レコードが販売された時には、イエロー・サブマリンの裏面になっていたそうです。これを学生の頃に聞いた記憶はかすかにあります。しかし、その寂しげな響きしか覚えていませんでした。今回は、その歌詞などを見てみて、これは老婆だけでなく、この世に存在するすべてのLONELY PEOPLEのことを美しく表現している名曲だと思いました。そして、そういうわたしたちも、神の絶対愛を知らない限り、LONELY PEOPLEなのだなとも思いました。あの学識豊かだったパウロもきっとLONELY PEOPLEの一人だったのでしょう。イエス・キリストを通して神の絶対愛を知ったパウロは、次のように喜びを伝えています。「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。(中略)わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主イエス・キリストによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ローマ信徒への手紙8章38節以下)エレノア・リグビーの歌詞の中に、マッケンジー神父が誰も聞かない説教を書いているという部分があって、つい笑ってしまいました。確かに、英国教会の説教の中には、魂の救いとは無関係になってしまったものもあった事でしょう。国家と宗教が結びつくと、宗教は儀式のようなものになりがちであり、地位や威光を求める中年層はまだしも、真実を求める青年たちの心は離れていきます。ビートルズの曲にはそのことが示されていました。孤独な老人が孤独に死んでも、神父が手の泥を払うように記憶から消し去られるのです。ただ、聖書自体の示す世界は違います。孤独な者、身寄りのない者、差別された者、見捨てられた者に対する、神の無条件の絶対愛が豊富に語られているのです。孤独な青年時代を過ごした自分も、パウロと同じように神の愛によって救われたので、これを多くの人に知っていただきたいと思って今も筆をとっているわけです。

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