日露戦争当時のロシア軍将校の個人的な記録に、「この戦争は植民地主義的な戦争であり、必要のない戦争だった」と書かれているそうです。そして、驚くことに、当時の大国だったロシアの敗因は、戦争準備の不手際と指揮系統の混乱だったのです。このロシア軍は、100年以上たった現在でも、いわば同盟国であったウクライナを蹂躙し、過去と同じように無謀な侵略を進めています。日露戦争当時には、ロシアの皇帝ニコライ二世の周辺には無能力なご都合主義者が集められていました。現在のロシアの政治体制とも大差がありません。指導者を諌める人がいなかったのです。そして、日露戦争の敗北は、ロシア革命を誘引し、ロシア帝政を終焉させ、ニコライ二世は処刑されました。旧約聖書には、ゼデキア王の愚行が書かれています。「先祖の神、主は御自分の民と御住まいを憐み、繰り返し御使いを彼らに遣わされたが、彼らは神の御使いを嘲笑い、その言葉を蔑み、預言者を愚弄した。」(歴代誌下36章15節以下)やはり、聞く耳をもたなかったのです。この結果、エルサレムの城壁や宮殿は敵軍に破壊され、生存者はバビロンに連れ去られました。いわゆる、バビロン捕囚です。世界の国々の反対に耳を貸さないロシアの将来には、暗雲が立ち込めています。わたしたちは歴史から学ぶ必要があるでしょう。その点では、日本の政治も例外ではありません。