ワンポイント説教、ヨハネ福音書6:51-58
今回から、毎週の聖書日課に基づいて、伝統的な聖書日課(ペリコーペ)に従って、忙しい方に向けた時短的な説教を始めますので、よろしくお願いいたします。
この聖書個所の意味
「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびのあふこともがな」(和泉式部)日本人は古来から死による別離に、深い悲しみを覚えてきました。それは、深い奈落に落ちるような辛い感覚だからです。人間の生死は、自分ではどうすることもできません。しかし、今回のヨハネの福音書のイエス様の言葉によれば、イエス様の体が裂かれ血が流された十字架の犠牲によって、その悲しみのアビス(冥宮)から引き上げてくださることが約束されています。54節で「復活」と訳されている言葉は、[you raise me up]という美しいアイルランドの曲と同じ意味です。自力で頑張って立ち上がるのではありません。神様を起源とし、イエス様に伝えられた愛の手を差し伸べられて、引き上げられ、絶望の淵から命の世界に移されることこそ、復活の深い意味です。それは、十字架の犠牲が、死の淵に彷徨う自分の為だったと信じる者に無条件で与えられるギフトなのです。
この聖書個所の関連聖句(新共同訳聖書)
「この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられることにより、わたしたちは聖なる者とされたのです。」(ヘブライ人への手紙10:10)
「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」(マタイ福音書26:28)
「わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人のうちにとどまってくださいます。」(ヨハネの第一の手紙4:16)