人生の道を照らす光がなく死にたいように感じるときに読む説教(菊川教会伝道説教)
「闇から光へ」 ヨハネ1:1-18 2025年1月5日菊川教会
全能の父なる神様、あなたのみ言葉の光は、御子イエス・キリストとなって、わたしたちの世に現れました。どうか、わたしたちの行うすべてのことの中に、この光を輝かせてください。父と子と聖霊のみ名によってお祈りします。アーメン
讃美歌21:268番、280番、504番、81番、88番
クリスマスは光の祭典です。わたしたちはろうそくの光を灯してそのことを象徴します。ツリーのイルミネーションはルターが考案したものだそうです。ローマを中心として発展した西方教会は12月25日をイエス・キリストの誕生日として祝ってきましたが、歴史上はイエス様がいつお生まれになったのか、わかってはいません。ちなみに、ビザンチンを中心とした東方教会では今でも、明日の1月6日、吉岡さんの誕生日をクリスマスとして祝っています。
12月25日をイエスの誕生日として祝うようになったのは、4世紀頃からだそうです。当時、ヨーロッパ北部で行われていた冬至の祭りを、教会がキリストの誕生日に制定してからです。冬至は夜が一番長い時であり、闇が一番深まる時です。しかし、また、それ以上に闇は深まらず次第に光が長くなる時でもあります。
闇から光への移行、闇から光への変遷、苦しみから喜びへの転換。クリスマスを通して、聖書はこれを伝えようとしています。
人々はこの冬至の日こそ、闇から光に移る日であり、光である救い主の誕生日に最もふさわしいと考えるようになりました。わたしたちは暗闇の中でこの言を心の底から聞くことができます。そこに希望と慰めの光を見ます。ただ、人間ですから、時にはどうしていいか分からなくなったり、空しさを感じることもあります。そしてその心の空しさを、この世の物質的なもので満たそうとします。けれども、なかなか満たされないものです。この世のものに頼って生きていこうとしても、時には裏切られてしまうこともあります。この世のものは絶えず変わっていくわけです。そして自分が今、どこに向かって歩んでいるのか、自分がどこからきて、どこに行くのか、分からなくなってしまうこともあります。今日の聖書の箇所では、それを「暗闇」と言っています。
しかし私たち人間が、そんな暗闇に生きるように、神様は私たちを創造されたのではないのです。確かに、10節に「世は言葉を認めなかった」とあるように、光に背を向けることもあるわたしたちです。しかしそれでもなお、神様は、そんな暗闇の中を苦しんで生きる私たち人間のことをも、とても愛しておられます。放蕩息子が帰るのを、あの「岸壁の母」のように、忍耐強く待つ愛情深い親のたとえによって、イエス様が神の愛を説いたのも、神の愛を伝えるためです。
そして神様は、そのような闇の中を、何も見えないで、手探りで歩いている人間に「光」を与えよう、そう思われたのです。ですから、今日の聖書の中にも、9節の所では「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」と書いてあります。人生の歩みの中で、私たちは道を間違えることがあるかもしれません。道に迷うこともあるでしょう。いまは平気でも希望を失うこともあるでしょう。しかし、心が暗くなってしまっていたら、暗くなった私たちの心に希望の光を点火するために、神様はイエス様をわたしたちのハートの中に誕生させてくださるのです。
聖書は,クリスマスの出来事、つまり救い主の誕生を通して、「救いの出来事があなたに起こるよ」、あなたが立派だからではなく、あなたのこれまでの人間の業には全く無関係に、あなたの存在そのものが本当にかけがえもなく大切なものだから、神は無条件にあなたを愛していると何度も何度も告げるのです。
それはわたしたちの出来事ではなく、神の出来事だといえます。神しかできない奇跡の出来事です。
愛の神の世界とは逆に、人間の世界の罪は「わたし、わたし」という自己主張の連続です。それが「あなた、あなた」と変わるところ、AからBに転換するところに愛があります。これは誰かを愛した経験のある人にはわかりますね。どこにいても、何をしていても、いとしい「あなた」のことが頭から離れないのです。ただ、恋愛はまだまだ条件付きの人間的な愛です。その時の条件によって移り変わるものです。しかし、神の導きによって「わたしの愛ではなく、神の愛」を知るということが起こります。その出来事こそがキリストの誕生です。罪の贖いのための尊い十字架の犠牲です。また、迫害に苦しむ弟子たちに真の勇気を与えた復活なのです。この神の愛の啓示の出来事は、私たちの思いや状態を遙かに超えたものであり、どんなに闇があっても、その圧倒的な神の光がわたしたちを内側から照らし、外側から包むのです。
昔の日本でも、暗闇からの夜明けを迎えていた時がありました。それはまたとても暗いときでもありました。明治維新です。徳川政権を守ろうとする新撰組などの勢力と、薩摩、長州などの勤王派などが拮抗し激突していました。その時代に、坂本直寛(なおひろ)という侍がいました。坂本竜馬の姉、千鶴の息子です。彼は、32歳の時に、高知教会で洗礼を受けました。ただ、信仰心が特別に強かったわけでもありません。本人も福音的に信じたのではなく、あのころは理論的に信じていた、と本人も回顧しています。頭の中だけの信仰でした。そして最初は人前でお祈りすることもできなかったそうです。その坂本直寛が変わりました。34歳で高知県会議員に当選しました。坂本直寛は当時の明治政府の官僚主義を厳しく批判しました。すると、政府から演説禁止命令がでました。それでも政府批判をやめないで政治活動を続けた坂本直寛は牢屋に入れられ2年6か月過ごしました。当時の罪人の処遇は極めて残酷で、彼はとてもつらかったそうです。それまでは、理論的に過ぎない坂本直寛の信仰でしたが、このころから神からくる心の平安を体験するようになりました。46歳になって、牧師になった坂本直寛は開拓民として一家で北海道に移住しました。そこで坂本直寛が力を入れたのは監獄伝道でした。劣悪な監獄を知っていた坂本直寛はそこで拘束されている人々に、闇を照らすイエス・キリストの福音を伝えたのです。ある時は、千人もの囚人の前で、涙ながらに、十字架にかかったキリストの愛を語ったところ、囚人はもちろんのこと鬼のような看守も涙を流して悔い改めたそうです。この、坂本直寛の信仰の友が、三浦綾子さんの小説「塩狩峠」のモデルになった長野政雄という人で、暴走する列車を止めるために命をささげた人でした。最初は信仰も弱かった坂本直寛でしたが、彼の能力ではなく、苦しみの闇のどん底で、彼に現れた神からの光は多くの光を誕生させました。あした、東方教会のクリスマスの日に、誕生日を迎える吉岡さんも、癌の余命宣告を受けるという暗闇の中で、光を見て、洗礼を受けました。私自身も人生の底辺で洗礼を受け、50年以上光に導かれて、生かされてきています。この教会の多くの方も、洗礼を通して、闇から光に移されています。まだ、闇の中にいる人にも、必ず希望はあります。それは、なぜか。闇から光に転換させるには、わたしたちの努力や信仰心ではなく、神の愛だからです。
イエス様こそ、私たちの暗い足元を照らしてくれる光です。わたしたちは、間違った方向に進むことがあるでしょう。苦しむこともあるでしょう。しかし、私たちを愛する救い主は、必ず行く道を照らしてくれます。またイエス様は私たちの心が冷えてしまい、心が凍えてしまいそうな時、私たちの心を暖め、あったかい気持ちにしてくれます。そして私たちの信仰を育て、成長させ、実を結ぶことができるようにしてくださるのです。そのような力のある光がやってきたのです。最初は弱い信仰だった坂本直寛も実感した神の光です。神様は、このようなわたしたちを照らす「光」として、イエス様を私たちにプレゼントしてくださり、人生を闇から光に移してくださるのです。わたしたちの生涯もまた神の光の出来事なのです。それこそクリスマスが光の祭典である意味です。闇から光へ、つまり、朝が来ない夜はありません。乾かない涙もありません。何故ならば、神は愛だからです。