河村太美雄著「おじいちゃんが戦った日中戦争」杉並けやき出版、2015年
自分は戦後のベビーブームの時に生まれたので、戦争体験はありません。しかし、戦地で辛酸をなめた方々の手記を読むことがあります。それによって、戦争の実態の一部を知ることもできますし、意外な出会いもあります。例えば、ハワイの捕虜収容所に入れられた方は、コロンビア大学を卒業したばかりで後に日本文学の研究家となった、ドナルド・キーンに出会っています。その時のドナルド・キーンは日本語の通訳だった訳です。今回の本は、知人からいただいた戦争の体験記です。なんでも、著者は、その知人の方の恩師だったようです。この本の中には、飢えや殺略、強奪などの詳しい描写はまったくありません。ただ、これまで読んだほかの戦争体験記と全くちがった視点がありました。それは戦争被害を受けた人衆の立場に思いをはせることでした。この優れた視点は、戦争という悲惨な闇の中でも輝く光のように感じられました。何故なら、ほとんどの兵士が自分たちの辛さを書いているのに、河村さんは家族や田畑を失った中国の民衆の悲しさについて書いているからです。では、一文を紹介します。「眼の前のこれらの集落跡にも、かつては何千人かの村人が住んでいて、祖先の冠婚葬祭を執り行っていただろう。市場も開かれ、春夏秋冬行事が行われ、村人は日の出と共に働き、日暮れとともに一家団欒を楽しみ、賑やかな集落であった筈だ。どの集落にも何百年何千年の歴史と伝統があり、誇りと命の積み重ねがあった。それが、このようにいくつもの集落が全く跡形もなく破壊され、焦土と化してしまうことがあっていいものであろうか。」また、河村さんの戦地は内陸部の信陽というところでしたが、南京虐殺のことについても触れておられます。名文なのでこれも引用しておきます。「南京虐殺で殺害された民間人が、30万人ではなくて何万人であろうと或いは何千人、何百人であろうと、それによって日本軍が犯した行為の罪が軽くなるわけではない。それが何人であろうと、かけがえのない無抵抗の民衆の命を銃で奪ったことが罪である。強盗が押し入った家の家人を殺し財物を奪った後で、自分が殺害したのが四人でなく三人であったと主張するとすれば、殺害された家族は、その遺族はいかなる気持ちであろうか。」河村さんは、戦後、中国を何度も訪ね、個人的に謝罪の旅をなさいました。終戦記念日を覚え、わたしたちは勿論、多くの日本人がこのような尊い思想を身に着ける事が出来れば、争いは消えるだろうと思いました。キリストの言葉、「安息日に律法で許されているのは、善をおこなうことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」(マルコ福音書3章4節)